日本の偉大なソフトパワー学校給食と食育 その1
21世紀構想研究会はなぜこのテーマに取り組んだか ーその1
戦後の焼け跡から進化した学校給食
日本の学校給食は明治22年に始まりました。おにぎりと鮭の切り身と漬物。お昼ごはんを持ってこられない子どものために、お寺の住職が出すようになったのが始まりといわれています。
戦後しばらくは脱脂粉乳とコッペパンが代表的な給食でした。それから徐々に進化して、コッペパン、脱脂粉乳、クジラの竜田揚げ。主菜はだんだんとバラエティに富むようになり牛乳とデザートもつくようになりました。それが今やレストランと同じようなランチに進化しました。
世界一の学校給食を支える人と仕組み
いまや日本学校給食は、世界一になっています。学校給食は、学校栄養士以外は献立を作成することはできません。学校栄養士1万2100人が、全国に張り付いております。質の高い調理員が4万5000人いて、うち54パーセントが常勤勤務です。
完全給食の実施率はほぼ小学校は100パーセント、中学校も83%。できていないところは、離島とか僻地です。学校給食は委託給食と単独校の調理と、大体半分半分になって、委託給食が少しずつ増えてきているという状況です。給食費は小学校と中学校があまり変わりません。
衛生管理も非常に厳しいです。さらに世界に類がない食育という科目があります。
外国視察団もびっくりする光景
この写真は、世界中がびっくりする子ども給食当番ですが、給食の時間になると、子どもたちが調理場へ給食を取りに行って、カートで運んできて、教室で配って食べる。食べ終わった後は、後片付けをしたものをまた調理場へ持っていく。こういうことをお昼時間帯、日本列島の全学校でおこなわれているわけです。
学校給食は1日3食のうち3分の1の栄養素を取ればいいのですが、家庭で取れ過ぎ栄養素は、学校給食で抑えるように摂取基準が決められています。エネルギーは33パーセントまで抑えて、肥満児の予防をします。
それから、家庭で取り過ぎるタンパク質、脂肪分、塩分は、学校給食では抑えるようにしています。逆に家庭で不足しがちなカルシウム、鉄、ビタミン類、マグネシウム、それから食物繊維は学校給食で補充して取るように栄養士が献立を作っているのです。
とてもヘルシーであり、食べ物の栄養素から見ると大変理想的な献立を学校給食は毎日毎日出しています。日本の児童・生徒に肥満児が少ないのは、こういう栄養管理をやっているからであり、これが生活習慣病予防にもつながっているのです。
必要栄養素を、学校給食で補充している。取りすぎの栄養分を学校給食で抑制している。それから、学校給食の衛生管理と栄養管理は全て学校栄養(栄養教諭または学校栄養職員)がおこなっている。このようにきめ細かい学校給食を知って、外国からの視察団はぶったまげてしまうわけです。日本が長寿国なのは、学校給食があるからなんだという認識につながっているようです。
上の写真の左がアメリカの学校給食で、ボストンの文教地区のわりといい学校の学校給食ですが、大体こんなようなものが毎日出る。日本の学校給食を見せると、レストランではないかと驚いてしまう。ワシントンポストも一面から大幅に紙面を割いて、日本の学校給食を取材して、報道をしたことがありました。
日本の子どもは学校給食が大好き!
子どもたちは学校給食をどう見ているでしょうか。実は学校給食が大好きなんです。楽しい食生活の場面はなんですか?と聞くと、学校給食が断然トップです。レストランの外食とか、ファストフードの軽食とか、家庭の夕食などもありますけれども、やっぱり学校給食が一番楽しいのです。
学校給食の重要性を知らない日本国民
戦後の食糧不足の時代から子どもたちの栄養補給を考えながら始まった学校給食でしたが、日本の経済成長と成熟社会へと進行するにしたがって、学校給食は進化していきました。
文部省が学校給食を教育の施策と位置付けたことが、大きな転機になりました。調理場の整備と学校栄養士の皆さんの努力によって、学校給食の献立は豊かになり世界に冠たる学校給食に成長していきました。
しかし、日本の国民はその重要性に気が付いていませんでした。
学校給食を根底から見直した不幸な事件
子どもの成長と健康を託された学校給食が順調に進化していましたが、1996年7月10日、全国を恐怖と混乱におとしいれた学校給食食中毒事件が勃発しました。次号にその有様を報告します。
文責・全国学校給食甲子園事務局
次号 「日本の偉大なソフトパワー学校給食と食育」その2 はこちらから