食のこばなし

ハヤシライス

NO.108

ハヤシライスは美味しさのバロメーター

ご飯にかけて食べる料理の代表的なものがカレーライスとハヤシライスです。「カレー一番、ハヤシ二番」と言えば、「カレーは子ども、ハヤシは大人」という言葉が返ってきます。ハヤシライスは大人の味というわけです。

ハヤシライスは筆者も好物のひとつで、これを「ウリ」にしている東京都内のいくつかのレストランによく行きます。一般的に、ハヤシライスを売りにしているレストランは、古くから洋食を手がけているレストランで、他の料理も大体おいしいというのが筆者の感想です。

中国の友人は「麻婆豆腐がおいしい店は他の料理もおいしい」と言っていました。初めて入ったレストランではまず麻婆豆腐を注文し、それでおいしかったら他の追加注文を出すということです。筆者にとってのハヤシライスは、それと同じバロメーターというわけです。

 

ハヤシライスのレシピの一例

ハヤシライスのレシピを調べてみると、ざっとこんな具合です。牛肉を薄切りにして塩、コショウでもむ。タマネギとマッシュルームも薄切りにしておく。ここまでは下準備。

まずフライパンにバターを落としてタマネギをいため、煮込み鍋に移動します。次に牛肉をいため、色が変わったところで小麦粉を加えてからませる。最後は赤ワインを加えて混ぜ合わせ、煮込み鍋に移動します。次にハヤシライスのルウを入れて水分も適宜入れて煮込みます。アジは塩とコショウを加え、お好みでととのえます。

ご飯にかけて食べるという点ではカレーライスと似ていますが、ハヤシの方が酸味があって「大人の味」と表現されています。

 

丸善創業者の「ハヤシライス」

このハヤシライスはいつごろ誰が作って広がったのでしょうか。ハヤシライスとは、ハッシュドビーフ・ライスがなまったものという話が伝わっています。ハッシュ(hash)とは、肉を細かく切る、刻むという意味であり、タマネギと一緒にトマトソースやドミグラソースを入れて煮込んだ料理なのです。

明治18(1885)年、アメリカ人のホイットニーは、「手軽西洋料理」という本の中で、ハッシュドビーフとして細かく切った牛肉とジャガイモを塩とコショウをしてバターを敷いた鍋で焼くことを紹介したそうです。これが発展してハヤシライスになったとも言われています。

ところで、洋書で有名な日本橋丸善の創業者の早矢仕有的(はやしゆうてき)は、友人が来ると台所にある肉類と野菜類をごった煮にしてご飯にかけて出し、大変評判が良かったということです。それで誰言うともなく、このようなご飯をハヤシライスと呼ぶようになったというのです。

 

ハヤシライスの父はお医者さんだった

早矢仕は、江戸時代末期に岐阜県の医師の家に生まれました。幼少のころから医師を志し、名古屋などで修行したあと、故郷の笹賀村に帰って実家で医師をしていました。青年医師として村民からも期待を集めていましたが、一生涯、田舎医師として終わるのはもったいないということで、江戸に出て開業したのです。

オランダ医学を学ぶかたわら、福沢諭吉の門下生となり、ヨーロッパからの文化を移入して日本で広げることが大事だと思うようになりました。当時の文明開化の礼賛者であり、食通でもあったと言われています。

明治2年、ヨーロッパから洋書、洋品、雑貨などを輸入する丸屋商社を開業しました。これがのちの丸善ですが、早矢仕が独特の料理法でご飯にかけて出したものが「早矢仕ライス」と呼ばれるようになったというのはこのころのようです。

明治の中ごろから、日本は西洋文化の移入が盛んになり、洋食の一品料理屋が急激に増えて、東京だけで1500店もできたと言われています。この中でも人気があったのがカツレツ、カレーライス、オムレツ、コロッケであり、ハヤシライスも徐々に出回るようになったのです。

庶民の間で本格的に流行するのは、1924年の関東大震災以降です。神田須田町界隈の食堂が売り出すと、カレーライスとともに大衆の間でもてはやされたということです。

その昔、和歌山県でヒ素入りカレーライス殺人事件が発生しました。その当時、犯人を絞るときのヒントは「カレーでなくハヤシだよ」という言葉がはやりました。このしゃれが分かるでしょうか。

文:ばばれんせい 絵:すなみゆか

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